音楽、CDのこと

さようなら! マゼール (3)

1960年代、マゼールがウィーンフィルとDECCAに録音したディスクは今でも(これからも)輝きを失わない素晴らしい鮮烈な記録だと思っています。
これらの記録は「迷いなく一気呵成に前進する、生命力みなぎる演奏」とでも言えると思います。
このような特徴は若い演奏家共通のものでもあると思うのですが、それに加えてマゼールは演奏の真剣さ新鮮さで際立っていて、彼の若い時の記録は正にオンリーワンであったと強く思うのです。
1990年代以降の彼の演奏には、非常に素晴らしいものもありますが、若い時の面影はなくなってしまったと感じます。
成熟した表現には若さが同居しないのは当たり前だとも思います。
しかし、マゼールの場合、演奏の真剣さ、演奏の新鮮さも明らかに無くなっていきました。
自分は若い頃の彼が大好きだったので、こんな風には思いたくありませんでした。
1990年代以降の彼の演奏もずいぶん聴きました。
ウィーンPO、バイエルンRSO、ニューヨークPO、ミュンヘンPOとのシューベルト、ブラームス、チャイコフスキー、ブルックナー、マーラー、ドヴォルザーク、ワーグナー、プロコフィエフ、ストラヴィンスキー、ショスタコーヴィッチの交響曲、管弦楽曲。
盛り上げる箇所以外は気が抜けているように感じられる演奏が多くなっていきました。フィナーレだけは大見得を切ったりしてブラヴォーをもらう、という演奏を度々耳にするようになってしまいました。
大見得を切る演奏が嫌いなのではありません。彼が真剣に作った演奏を届けて欲しいんです。
でも、彼はあまりにも頭が良すぎて、特に歳をとってからは、演奏の出来や聴衆の反応や評判など結果がすぐに見えてしまうようになってしまったのではないか? 彼にとって晩年の彼を取り巻く状況は、彼にとって刺激がなさすぎたんじゃないかと思うんです。
彼のような有り余る才能には、ベルリンフィルの音楽監督しかなかったのかもしれません。
事実、彼もその気充分だったから、ベルリンフィルのポストを逃した時、あれほど落胆したのではないでしょうか。
彼が1982年から1984年にかけてベルリンフィルと録音したラフマニノフの3つの交響曲は充実した真剣な演奏です。熱気も感じられる素晴らしい出来だと思います。
ちょうど同時期にウィーンフィルとの録音もかなり出ましたが(マーラーの全集も)、ベルリンフィルとの演奏に比べると、気合いの入り方が明らかに違うように聞こえてしょうがなかったんです。
1983年、ウィーフィルがマゼールと来日した時、FM放送で中継されたマーラーの第5交響曲を食い入るように聴きました。真剣なマゼールではないと、この時も憤慨して友人に電話したことを思い出しました。当時の映像がアップされているのを見つけて聴いてみましたが、印象は変わりませんでした。(世評は悪くなかったようです)
ただ、ベルリンフィル常任争い直前の彼のベルリンでの演奏に精彩を欠いていたものがあった、との記事も読んだことがあるので、さすがのマゼールも疲れていたのかもしれません。
そして、1990年にベルリンフィルのポストをアバドに持っていかれた彼は、古巣のピッツバーグ(アメリカ)に引きこもってしまいます。
マゼールがやる気のない指揮をすることがあり、オケのメンバーがマゼールに殴りかかったという記事は、いつ頃の演奏のことなのか分かりませんが、最近目にしたものです。
今、確かめてみたくなったことがあります。
マゼールが1990年~1992年にピッツバーグSOと録音したシベリウスの交響曲全集です。
このシベリウス全集は、ベルリンフィルと録音が予定されていたもので、彼が気合いを入れて録音したものではないかと思います。彼も出来栄えに満足していたそうです。
何曲か、じっくり聴いてみたいと思います。